熊本地震から10年。復旧が続く熊本城を歩いて思うこと
2016年4月14日と16日、熊本地震が発生しました。
前震、そして本震と続いた大きな揺れは、熊本城にも甚大な被害をもたらしました。
この地震を経験して、私が改めて実感したことがあります。
「熊本城は、県民にとってかけがえのない存在なのだ。」
その思いは、被害を受けた熊本城を目の当たりにしたとき、より強く胸に刻まれました。
今振り返ると、地震直後の熊本城の姿をもっと写真に残しておけばよかったと思うことがあります。
しかし、実際には当時ほとんど写真を撮っていません。
それは、傷ついた熊本城を見ることがあまりにもつらかったからです。
崩れた石垣や倒壊した建物を自分の目で確かめるために現地へ足を運びましたが、その光景を前にすると、カメラを向けることができませんでした。
写真を撮るという気持ちになれなかったのです。
それでも、時間が経つにつれて少しずつ熊本城を訪れるようになり、その中で何枚か写真を残していました。

熊本地震からの復興を願い、この日ブルーインパルスが展示飛行を行いました。

傷ついた熊本城の様子がよくわかります。
今あらためて見返してみると、当時大きく傷ついていた場所は復旧を終えていたり、新たな復旧工事が始まっていたりと、熊本城が確実に前へ進んでいることが分かります。

2019年8月撮影(二の丸広場から)
天守閣の復興工事が進んでいる様子が見られます。
2026年で熊本地震から10年
もうそんなに年月が過ぎたのかと思う一方で、熊本城全体の復旧はまだ道半ばです。
現在も多くの櫓や石垣の復旧工事が続いており、完全復旧までにはさらに30年ほどかかるといわれています。

地震当時、「奇跡の一本石垣」と呼ばれた飯田丸五階櫓とその櫓を支えるアーム状の鉄骨
熊本城の周辺を歩いていると、「前回来たときとは景色が変わっている」と感じることがあります。
新たに工事が始まっている場所があったり、修復された石垣が増えていたり。
少しずつですが、確実に復旧が進んでいることを実感できます。

2021年12月撮影(特別見学通路から)
連続枡形と呼ばれる箇所です。

2023年2月撮影(二の丸広場から)
石垣が崩壊している上に戌亥櫓がありましたが、解体済みとなっていました。
かつて当たり前だった熊本城の姿は、地震によって大きく変わりました。
以前は利用できた頬当御門・櫨方門・不開門・須戸口門の4つの入場門も、現在は南口と北口からの入場となっています。
また、櫓の多くは被害を受け、解体・復旧工事が進められています。石垣も現在なお修復中の場所が多く、熊本城の外周を歩くと、その復旧の様子を間近で見ることができます。
以前の熊本城は、歴史や建築の美しさに触れる場所でした。
しかし今は、それに加えて「熊本地震からの復旧の歩み」を感じられる場所でもあります。
傷ついた文化財をどのように未来へ受け継いでいくのか。その過程を実際に見ることができるのは、今という時代ならではの貴重な機会なのかもしれません。

2024年2月撮影(二の丸広場から)
宇土櫓の解体作業が既に始まり、現在は解体済です。
完全復旧まで、あと約30年
私も、いつの日か以前と変わらない熊本城の姿をもう一度見られることを願っています。
そして、それまでは熊本城へ足を運びながら、その復旧の歩みを見守り続けたいと思います。
もし熊本城を訪れる機会がありましたら、ぜひ現在の姿にも目を向けてみてください。
数年後に再び訪れたとき、そこにはまた新しい景色が広がっているはずです。
熊本城は今日も少しずつ前へ進んでいます。
県民の一人として、また皆さんを熊本城でお迎えできる日を楽しみにしています。

熊本地震が発生する12日前の写真です。
